(一般的な) 技術経営(MOT:Management Of Technology)とは
技術系企業が企業価値の継続的拡大を図るには、先端技術の不確実性な研究開発現場におけるマネジメントと、新市場の創造・構築を図る上でのマネジメントを一体化し、経営戦略を立案する総合的マネジメント力が求められます。
収益性・効率性を追求する経営思考では、一般的に不確実性をリスクと捉え、リスクは分散化より低減化させ、確実性の高い分野に集中して結果を即答を求める傾向があるものですが、こうした発想では捉えきれない、技術系企業に代表される経営スタイルを追求する学識体系が技術経営(MOT)です。
<MOTの歴史・生い立ち>
MOT(Management of Technology)の原点は1960年代の米国アポロ計画の際におけるマサチューセッツ工科大学(MIT)スローン校における技術マネジメントの研究がベースとされています。
米国では1970年代、国内産業の衰退とともに、1979年にハーバード大学のEzra Feivel Voge(エズラ・ヴォーゲル)l教授が執筆した「ジャパン・アズ・ナンバーワン(原題:Japan as Number One: Lessons for America)」が出版され、当時の日本企業の高度な製品開発能力や長期的視点での開発投資を行うことで競争力を高める手法が注目されていた時期でもあり、国際競争力回復のための人材育成が1980年代に入って提唱されます。
その流れでビジネススクールを始めとした大学院の高等教育改革が行われることになり、米国アポロ計画の際の研究を行っていたマサチューセッツ工科大学スローン校に1982年、ビジネススクールの派生として技術経営コースがに設けられたのがMOT教育の始まりと言われています。
当時の米国のMOTは、日本企業が実践していたジャストインタイムなどの生産管理手法、TQCを始めとした品質管理手法などを研究、形式知化して体系化したものを教育プログラムとするものでした。
しかしその後MOTは、企業が豊富な技術資産を持ちながらも部分最適に終わって全体最適がなされないといったことがないよう、経営が技術を上手にコントロールすることこそ大事と考えられるようになります。すなわち、「研究開発をはじめとする不確実性の環境の中でしっかりした基本構想を持ち、戦略性を持った経営管理こそ企業価値を向上させるのだ」との認識が浸透していきます。そしてそれは技術系企業に限った概念ではないとして、米国産業界に拡がっていきます。
米国MOTはいまでは経営学の一部とされ、MOTはMBA(経営学修士:Master of Business Administration)コースに組み込まれています。本家マサチューセッツ工科大学(MIT)にも、すでにMOTコースはありません。
(※MIT では2004年度からSloan Fellowsプログラム(1931年に創設された世界最初のエグゼクティブを対象としたプログラム)とMOTプログラムが統合、MIT Sloan Fellows Program in Innovation and Global Leadershipとなっています。)
これまでのMOT研究で培われたエッセンスや成果は、MBAコースのなかで生き続けてます。
一方の日本では、1980年代までの米国を凌駕した日本独特企業経営の手法が、社会的に諸制度・企業文化として普及実践化していました。年功序列と定期的に部署間移動するゼネラリスト養成の人事システム、労使一体制度、、OJT等による社内教育と社外活動での人的情報ネットワークの構築といった、日本独自ともいえる独特の経営の仕組みが強みとされていました。
そしてこれらの日本的経営制度を学問として工学系(自然科学)では確立されておらず、社会学や経営学(自然科学)の一部として経営工学、管理工学や生産工学の分野に細分化され、個別に研究されているだけでした。
国際的に強いとされていた日本の技術工業分野ですが、1990年代に入ると日本の製造業がバブル景気をピークに衰退の方向に向かいます。
その際、工学的な観点で企業経営(技術経営)の教育・研究が行われていなかった点、日本の教育体制で技術は自然科学分野、マネジメントは社会科学分野として切り離されておりそれが世界的に衰退していった一因だなどの反省から、2000年代初頭より経済産業省が主導して「技術経営人材育成プログラム導入促進事業」が提唱されます。
同省では技術経営を「技術を事業の核とする企業・組織が次世代の事業を継続的に創出し、技術発展を行うための経営」と定義し、この施策を契機に2002年から技術経営の大学院開設も始まり、日本での本格的な技術経営の研究がスタートすることになりました。これが我が国の本格的な技術経営の始まりです。
自然科学分野と社会科学分野を総合的に体系化させ、横断型人材育成の場を経済産業省が公的に制定した意義は大いにあったとみるべきでしょう。 ただ今日の日本の技術経営は、研究機関・研究者の立ち位置や出身により、微妙にアプローチが異なるのも事実です。技術系が「経営を技術の立場からマネジメント」を、経営系が「技術を経営の立場からマネジメント」を それぞれ提唱し、両者での摺り合わせが完全でなかったりする場合があります。
また学問の知識領域についても、現場系のマネジメント手法やフレームワーク論に立ち位置が偏りすぎているものもあったりと、技術経営全体としても体系化がまだ成熟されていない感も見受けられるところです。